赤を際立たせる白、『濁し手』

柿右衛門というと、柿を見て『赤』の絵の具を完成させたというイメージを持つ方も多いかもしれませんが、赤を際立たせる白、『濁し手』をつくったことでも有名です。

柿右衛門 資料館

泉山陶石や、天草陶石のみで磁器を作成すると、地肌が少し青みを帯びた感じになります。青みがかかった白を活かした物も味わいがあり、素敵ではあるのです柿右衛門ではより赤を引き立たせるために、温かみにある白、乳白色の磁肌を追及していました。

こうして生み出されたのが、『濁し手』になります。

柿右衛門窯の有田焼

柿右衛門窯の有田焼 とっくり 柿右衛門窯の有田焼 お茶セット

他の窯元の有田焼

柿右衛門窯の有田焼 マグカップ 柿右衛門窯の有田焼 赤 柿右衛門窯の有田焼 ティーカップ 柿右衛門窯の有田焼

他の窯元の作品と比べると柿右衛門の素地の色には特徴があるのがわかりますでしょうか。

※ちなみに柿右衛門さん以外の他の窯元に関してもそれぞれ陶石の配合から、釉まで独自のものをそれぞれのこだわりで使っています。

同じ窯元でも時期の違いによって磁肌が違ったりもします。なので、磁肌にこだわってこのみの

有田焼を見つけるのも楽しいのです♪

 

柿右衛門様式での特徴は「余白の美」と言われ、独自の赤と共に、このぬくもりのある磁肌の

白が作品の出来を決めています。

 

初代の柿右衛門は、独自の赤を作り出しただけではなく、有田の石を何種類もブレンドし、また

釉薬についてもの独自のものを使用することで乳白色の「濁し手」にたどり着いたと言われています。

柿右衛門窯の有田焼 獅子舞

1650年代頃に生み出された濁し手は「柿右衛門様式」として確立するまでには、傷や歪みなどの問題を解決するなど様々な改良がくわえられたと言われています。

 

濁し手素地と温かな乳白色の余白を生かした繊細かつ華やかな赤絵との調和のとれた美しさは、当時日本国内のみならず、国外においても高く評価されることになりました。

1659年頃に本格化したオランダ東インド会社(VOC)の有田焼の輸出においても、柿右衛門窯の

作品は大きく評価されていたと言われています。

 

しかし、江戸中期頃になると、原料の入手が困難であることや製作に手間がかかり過ぎ困難なことから残念なことに濁し手は一度途絶えることになってしまったのです。

柿右衛門窯の有田焼 小皿

それから長い長い空白期間ののちに、ついに12代目、および13代目柿右衛門によって、

酒井田家に代々伝わる古文書『土合帳(元禄三年二月)』の基に相当な苦労の末復元することに成功し、今、私たちが目にすることが出来る柿右衛門の白が誕生したと言われています。

 

古文書によると、「濁し手」の原料は泉山採石場の陶石だけではなく、有田町内の白川、岩谷川内の陶石も合わせ、計3種の陶石によって作成されています。それぞれの陶石を6:3:1の割合で調合しているのですが、各陶石は、焼成時収縮率の違いがありますので、破損が多く、歩留まりがわるいなどがあるそうです。

 

また、「濁し手」には、乳白色の釉薬が薄くかかっているのですが、この温かみにある乳白色を維持するために、釉薬には鉄分が含まれていません。

 

釉薬に鉄分が含まれていない場合、下絵で使用する呉須が紺色になりませんので、実は柿右衛門様式では、染付を行いません。

柿右衛門窯の有田焼 お重 柿右衛門窯の有田焼 置物

いくつもの困難を経て再生されたこの製陶技術は、1971年に国の重要無形文化財の総合指定も受け、再び高く評価されるようになりました。

 

今は14代もなくなり、15代の柿右衛門によってその技術は引き継がれていますが、温かな白の

繊細さは、ほかの窯元とは一線を画しています。

様々の困難な末に生み出される柿右衛門窯の作品はお値段も0が一桁多く、なかなか日常の食器使いに、、、というと難しいのですが、見ていると惹き込まれる私の大好きな窯元の一つです。

柿右衛門窯の本店(?)には参考館があり歴代の柿右衛門の作品を見ることも出来ますので

是非近くに行った際はご覧になるのもいいかもしれません。