益子焼は栃木県の東南部に位置する益子町で作り出されており、江戸時代末期、嘉永6年(1853年)に笠間で修行した大塚啓三郎氏が窯を築いたことから始まったと言われています。
益子には、良質の陶土が産出すること、大市場である東京に近いことなどから、鉢、水がめ、土瓶など日用の道具の産地として発展をとげました。
益子焼は石材粉や古鉄粉を釉薬にして、犬毛筆にて色づけを行う為、重厚な色合いとぼってりとした肌触りに特徴があります。材料の性質上割れやすく、重いという欠点がありますが、どっしりとした質感で温かみがあり、普段使いの器として人気を集めています。
現在、益子町には約260の窯元、50店の陶器店があり、若手からベテランまでの陶芸家が多く活躍しており、春と秋に行われる陶器市には年間200万人以上の観光客が訪れます。
